大塚歯科クリニック 改装工事(大阪市西区)

私にとって1番思い入れの深い歯科医院

大塚歯科クリニック
私にとって1番思い入れの深い歯科医院かもしれません。

なぜなら1番最初に私が手がけた歯科医院でもあり、
そして私が初めて自分の手で壊した歯科医院でもあるからです。

この世界にデビューしたのは、私が18歳の頃。
まだまだ駆け出しで、右も左もわからない。
そして20歳を迎えようとする時、初めて1件丸々歯科医院を、担当することになりました。

独立する前、私は歯科医院専門の工務店に8年在籍。
いわゆるデザインが出来る工務店ですね。
少し、専門的な言い方で言うと、設計施工を同じ会社でする形態。

けれども、設計と施工が同じなのが嫌で独立。
なぜか?

実は材料を選ぶ時や、何か追加変更があると、
デザイン性ではなく、どちらの方が粗利が高いのか?
そこで吟味していました。

話はそれましたね。
工事が終わり、飲んでいる時に先生がいっていました。
『若干、20歳の若造なんかに担当させやがって、
何かミスがあったら徹底的にクレームを言ってやろう!』
と思っていたらしいです。

それは、そうですよね?
その先生にとっては初めての新規開業。
36歳だったので、開業資金に余裕があるわけでもありません。

さすがに私でも大丈夫か?と言いたくなります。

工事の基礎知識はあったとしても、歯科のことについては殆ど素人の状態。
だからこそ、何も分からないから私は事細かく先生に色々なことを聞きました。
そして教えてもらいました。

何をするにも1番最初が大事。
それがベースになるから。
2番目からはベースとの比較になる。
と言う話を聞いたことがあります。

1番最初に、この先生のところをやっていなければ今の私はなかったでしょう。

工事は無事に完成し、引き渡しの前に最終チェックをしていました。

すると、色々なところに汚れがあるのです。
今から考えると、仕方のない部分もあります
ただ、当時の私は何も知らなかったので、
「どうしてこんなに汚れがあるんだ?」と不思議に思っていました。
なので、車にいつも積んでいた掃除用具一式を取りに行き、掃除をし始めたんですね。

工事の人も引き上げていたので、1人でずっと雑巾片手に床や壁を磨いていました。

すると突然先生が様子を見に来たのです。

現場監督だった、私自ら掃除をしていた姿がよほど印象的だったらしく、その姿を見て

「そこまでしなくて良いですよ!後は、スタッフにさせますので。」と。

ただ、やり出すと止まらない性格だったので、愛想笑いをしながら続けていました。

すると「矢根さんこの後、何か予定はあります?」
と、にこやかに聞かれました。
特に予定は無かったので、掃除が終わった後飲みに行くことになったのです。

この事がきっかけで、大塚先生とは飲み友達になりました。

もちろんクレーム等は一切なく、その後も色々な先生を紹介してくださいました。

大塚先生と飲みは、その当時の私からすると非常に刺激的でした。

飲み友達として6年が経ち、私がプランニングボックスとして独立する頃には・・・
お互いの仕事が忙しくなり、忘年会の時くらいが唯一の顔合わせの機会だったのです。

プランニングボックスとして、26歳で独立した2001年末。

その日は、冬の澄み切った夜空が印象的でした。

いつものように事務所の机に携帯電話を置いた時、ふと気がつきました。
不在着信
『大塚歯科クリニック』
『留守番電話あり』

例年の大塚先生から忘年会のお誘いだな?と少し心の中でワクワクしながら
留守番電話を聞くと、いつも明るく電話をしてくれるスタッフの声が違っていた。

「本日、大塚歯科クリニック院長が亡くなりました。」

と震える声で、なるべく機械的に言おうと話しているのがわかりました。

その留守電を聞いて、言葉を失うのと同時に、
人は本当に悲しい時、涙すら出ないものだと思ったのを覚えています。

数ヶ月間の紆余曲折があり、結局売りには出さず、
医院を現状復帰(テナント開業だったので、元の借りる前の状態に戻す)
することになったのです。

工事に入る前日に鍵をもらいました。
その帰り、まだ雑踏が耳に付く夜、誰もいない大塚歯科クリニックに行きました。
かつての活気は無く、煌々と光る照明が、より静寂を際立たせました。

とても丁寧に使っていたのがわかるぐらい、床も壁も家具も全てきれいでした。
そして備品も埃一つなく、明日からでも診療が出来る状態。

その様子は、まるで院長の帰りを待っているかの様に見えました。
「これを潰すのか…」
「たった6年しか経ってないのに…」

そう心の中で呟きました。

手には白いビニル袋。
中には、コンビニで買ったビールが2つ。

1つは先生がいつも使っていた院長机に置き、
僕はもう1つのビールをプシュッと開け、
一口飲むとヒンヤリとした床に座りました。

どれくらい時が過ぎ去っただろう?
何気なく診療台に横になってみました。

よく考えたら初めてでした。
自分の作った歯科医院、その診察台に横たわるなんて。

目をつむると、そこに関わった人や、どんな気持ちでここに患者さんが来るのか?
そしてスタッフはどんな動きをしていたのか?

改めて、先生が飲んでよく話してくれていた様々な事が走馬灯のように蘇ってきました。

それ以来、私はデザインをする前、何もない現場で横になり構想を練る様になったのです。
この事は今初めて言うかもしれません。

でも、これをすると不思議と色々な事を思い浮かべられるのです。

先生も一度されてみてはいかがでしょうか?

現状復帰が終わり、今ではこの大塚歯科クリニックを見る事は出来ません。

私にとって1番思い入れの深い歯科医院。
どれだけ古くなっても、このプランニングボックスのページにだけは、
大塚歯科クリニックを残し続けようと思っております。

当時関わった全ての人のために


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